●着任時の思い出
1年間の米国留学を終え、26歳の時に県短に赴任しました。研究室の窓外には、田圃が一面に広がっていました。学生達は眉目秀麗で、「お人形みたい」と思いました。一方、学生からは「宇宙人みたい」と言われ、研究室の扉を開放すると「露出狂じゃない?」と噂されました。校舎の2階から平屋建て宿舎の物干は丸見えで、「ストライプですね!」。宿舎には鼠が出没し、裏手の川には蛍が飛び交いました。新潟の美酒佳肴は、生涯に渡る味覚の基盤を形成しました。

●企画の運営
幾度かの転勤を経て、都心にある大妻女子大学に奉職しています。現在65歳で、文学部長を拝命。今年度、所属学科が英文学科から英語英文学科に変更になりました。新名称を喧伝するため、<全国高校生英語創作ことわざコンテスト>を企画し、6月からPR開始(www.lit.otsuma.ac.jp/english/anti-proverb/)。そこに、<英語創作ことわざハンドブック>のPDFが添付されています。<英語創作ことわざ>の仕組みが平易に解説されていますので、是非御閲覧下さい。

●文化の創造
<創作ことわざ>の傑作は、言語的(文法・音声・意味の各領域)に周到な工夫が凝らされています。例えば、Haste makes waste.「急いては事を仕損ずる」からTaste makes waist.「美食を好むと腰に贅肉が付く」が新たに誕生しました。両者は、同一の動詞と文型を共有。hastetaste、wastewaistは押韻。制作者の鋭い言語感覚を伺わせます。この表現は、ダイエット界の常套句として定着しました。<創作ことわざ>は、伝統を踏まえた新しい文化の創造です。

●宿願の成就
道元禅師は、「正師を得ざれば学ばざるに如かず」(『学道用心集』)と言いました。「そのような人物に出会えたら、さぞや豊かな生涯を送ることができるだろう」と思い続けてきました。長年の遍歴の末、常時作務衣姿の隠者、石橋愚道師と邂逅しました。師は気骨稜稜、反俗孤高の九州男児で、人物技量ともに卓越。16年間、尺八の技法だけでなく、美意識や人生観に至るまで、薫陶を受けてきました。かねての素願が壮年において成就したのは、人生の僥倖と言う他ありません。

●小綬鶏の森
学生時代は、東京都日野市にある男子学生寮で暮らしました。春になると、近くの林で小綬鶏が鳴き、心が急かれるように感じました。現在、埼玉県ふじみ野市のマンションに住んでいます。徒歩圏に、金蘭が咲き小綬鶏が囀る森林があります。そこで笛の稽古をしていた時、近隣の老人ホームに勤める職員から声をかけられました。以来、その施設で尺八演奏会を定期開催しています。民謡や童謡を吹くと、認知症を患う寝たきりの利用者が突如歌い出し、皆を驚かせます。

●言語と呪術
長らく学究生活をしてきましたが、「言語学は言語の起源を解明できない」と思い続けていました。ところが、最近、井筒俊彦の『言語と呪術』に遭遇しました。井筒はイスラム教の聖典『コーラン』の翻訳者で、数十の言語を操る稀代の碩学。言語起源論という積年の難問に、彼は「言語は呪術から生まれた」という解答を示しました。その明晰かつ深奥な思索に、名状しがたい感銘を受けました。この書物は、ソシュールの『一般言語学講義』と並び、生涯の一冊となりました。

●ココペリ礼賛
呪術とは、治癒・安全・降雨・鎮魂などを超自然に対して祈願することです。呪術は、古今東西にわたり存在します。『万葉集』を解釈するにも、呪術の概念は不可欠です(白川静『初期万葉論』)。超自然と交流するためには、種々の呪具が用いられます。とりわけ、笛は典型的な呪具。神道でも、神霊を呼び寄せるために石笛(いわぶえ)が使われます。余生は、ココペリ(=笛を吹いて豊穣と幸福をもたらす北米先住民族の精霊)のように過ごしたいと思っています。

●画像の解説
①研究室にある壁掛の前で。背景のデザインは、大英博物館所蔵<ロゼッタストーン>。生地は、使用済みのロールカーテンをリフォーム。
②<英語創作ことわざコンテスト>のポスター。拙作のキャッチコピー(Shape English into Shape)は、首尾反復の修辞的技法を援用。
③大妻女子大学図書館における尺八演奏会の後、当日招待した関東在住の卒業生と共に。着任の翌年(1981)初めてクラスを担当した16回生。
④いつもは研究室に鎮座している奥会津産の木彫。仏像蒐集家でもある尺八の師匠から譲渡。数珠はココナッツのネックレスで、ハワイ土産。
⑤研究室入口に設置してある竹筒。川越市の骨董市で入手。刻まれている和歌は「幾山川越え去り行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく 牧水」

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村上先生ありがとうございました。

たくさんの英文科縁の方々から、原稿のご寄稿を快く引き受けて頂いたきらりシュリンプ人シリーズでございますが、この度、めでたく20回目を迎えました。20回目を飾って頂いたのは、広報事務局16回生渡部敦子のご担任、村上丘先生です。村上先生は、私共16回生(正確には15回生入学の時に、ご着任されました。)の先生だけでなく、新潟大学教育学部英語科にご勤務されていらっしゃった時には、関昭典先生(2018年9月のきらりシュリンプ人Vol.11にご登場)と県立大学准教授の茅野潤一郎先生の先生でもいらっしゃいます。シュリンプクラブ広報事務局 16回生渡部敦子 kentanshrimp@gmail.com